牛馬チャンと仲間たちぎゅうばチャンとなかまたち
kojika
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子鹿チャンこじかチャン

擬人化Qバージョンの子鹿

足元は覚束ないけれど、あしもとはおぼつかないけれど、止まろうと思ったことは一度もないとまろうとおもったことはいちどもない

家族の中で一番線が細く、かぞくのなかでいちばんせんがほそく、一番静かな存在。いちばんしずかなそんざい。脚は誰よりも華奢で、あしはだれよりもきゃしゃで、歩くたびに深く浅く、あるくたびにふかくあさく、時々滑ってしまうこともあるけれど、ときどきすべってしまうこともあるけれど、立ち止まろうと思ったことは一度もない。たちどまろうとおもったことはいちどもない。瞳には星はなく、ひとみにはほしはなく、ただうっすらと、ただうっすらと、こぼれそうでこぼれない水の光があるだけ—こぼれそうでこぼれないみずのひかりがあるだけ—感情はすべてその瞳の中にしまわれていて、かんじょうはすべてそのひとみのなかにしまわれていて、言葉はあまり要らない。ことばはあまりいらない。

手元にはいつも、てもとにはいつも、まだ咲いていない小さな花や、まださいていないちいさなはなや、閉じたままの傘を持っている—とじたままのかさをもっている—「まだ準備はできていないけれど、「まだじゅんびはできていないけれど、もう歩き出している」もうあるきだしている」とでも言うように。とでもいうように。口数は少なく、くちかずはすくなく、めったに開かないその口が開くとき、めったにひらかないそのくちがひらくとき、こう言う—こういう—「大丈夫……転んだなら、「だいじょうぶ……ころんだなら、ゆっくり立ち上がればいい」ゆっくりたちあがればいい」彼女の脆さは治す必要なんてない。かのじょのもろさはなおすひつようなんてない。その脆さそのものが、そのもろさそのものが、もう十分頑張っている証だから。もうじゅうぶんがんばっているあかしだから。

口癖

大丈夫……転んだなら、だいじょうぶ……ころんだなら、ゆっくり立ち上がればいいゆっくりたちあがればいい